中部デザイン協会 デザインの仕事場におじゃまします

第22回 名古屋総合デザイン専門学校 校長 大西甫氏

大西甫 氏 プロフィール

1969 愛知教育大学を卒業。金属家具メーカーへ入社し、設計や特許管理やデザイン・企画を担当
1990 名古屋総合デザイン専門学校へ転職し、インテリアの講座と教務主任として勤務。同時に愛知女子短期大学講師を勤める。その後、グラフィックデザインの講座、デジタルコンテンツの講座なども担当
2003 同校校長に就任し現在にいたる。

デザイン教育の現状

デザインの教育機関は、大別すると三つのジャンルに分かれます。ひとつは大学における学術研究を備えた教育、もうひとつは高校におけるデザイン教育、そして三つ目に専門学校における教育です。

どれも一長一短がありますが、私どもの教育では「実学」に重点をおいています。2年間で社会に出てデザイナーとして仕事をするための「技能」を身に付けていただくのですが、この「技能」は「デザイナーとしての人」に「デザインの専門技術」がついているということです。デザイナーとして様々なものごとにどう対処すればよいのか、ものの考え方や処し方を理解した人物になっていて、初めて身につけた専門技術が役に立つと思います。ただ、教育の現場の教室の中における先生とのやり取りは、ややもすると緊張感が薄れ、仕事としてのデザインより、課題の制作としての認識にとどまるきらいがあり、「即戦力」といわれている「社会のニーズ」に合う人材の育成からは遠くなります。

ひところ「インターンシップ」ということがブームになりました。ある期間学生を企業に預けて実際の職場体験をするというものですが、企業さんの立場で見ると、新入社員と違って学生ですのであまりハードな実務は無理でしょうし、企業さん側も貴重な人材を担当者として割かなければなりません。景気も悪く、リストラさえ大流行の現況からは、長期間お預けすることはかなり難しいことになります。そこでこの3年ほど、企業さんに「みなしお客」としてお客役をお願いし、学生がデザイナーとして仕事を完成させるプロセスを、企業に提案にうかがうという形で試みております。学生が直接先方にコンタクトを取り、提案に伺い、ダメだしを食らった部分を手直ししてまた提案にうかがうという繰り返しです。これによって生きた仕事の進め方を身に付けることができます。

また一方ではインターネットの普及をもとに、直接企業さんにお預けしなくて、しかも先生以外のデザイナーからダメだしをもらいながらできるバーチャルなインターンシップの仕組みを作って昨年からスタートさせています。このような「実学をどう形にして具体的に実施してあげることができるか」、ということは今後も絶えず考えていかなければならないことであると思っています。

デザイナーを目指す若者について

この3年くらいの傾向ですが、本校でデザイン教育を受けたいとして入学される人のほとんどが専門職としての就職意識の高い人になりました。以前はあまり就職とかデザイナーになるとかの目的も無いまま、絵を描くことならできそうとして入学される人も多かったように思います。しかし、入学後に実情はとてもハードな授業内容なので、思っていたことと違うといって退学するとか、授業中に遊びにいってしまって卒業できない人がいました。

でも最近は、実に目を輝かせて相談に来られる高校生の方とか、最初からデザインの仕事を意識に持っておられる方がかなり多いです。社会がやっと「学歴」から「デザイナーとしての専門技能」の評価をするようになったことと、本人や家族も、やりがいのある仕事をすることで本人の社会人としての価値を認められる、成熟した社会になりつつあるのかと思います。それ故に、単に図面が引けたりイラストが描けたりという技術の面だけでなく、社会人として、デザイナーとしてどう考え、どう生きていくかという、人としての基本の部分を作っていって欲しいと思います。社会の様々な事象に対してきちっと自分の考えを持てるように・・・。

製品デザインとデザイン教育の面白さの違い

プロダクトデザイナーとしては、自分のデザインしたものを国中のあちらこちらで使用してもらっているというひそかな満足がありました。購入する人も使用する人も、これはだれそれのデザインしたものだという意識の無い、換言すれば安い普及品の椅子であればこそですが、普通に毎日使われているということが、次の商品デザインの原動力であったように思います。ただ、企業内デザイナーや開発企画というのは、どうしても先のことを考えますので、社内に「市場とか客のニーズ」とかの共通認識がないとなかなか理解されない部分です。結果この時代に「プレゼンテーション」や「マーケティング」の大切さを身をもって知ることになります。

一方学校におけるデザイン教育は、ちょうど「子育て」のようなものです。市場とかニーズとかにまるで縁の無い人たちが相手ではありますが、学校生活の場を通して徐々に専門知識も増え、専門技術も上達し、卒業制作になるとぐんと力がついてきます。この人たちが社会に出て活躍しているかと思うと、また、たまに社長さんから「役に立っているよ」と伺うとひそかな満足に浸れるわけです。

人が持つ、本人も気がついていない特性や能力は、学校時代に芽生えることもあれば、会社に入って仕事をこなしていく間に現れることもありますが、学校で日に日に自信が表情にも言動にも表れる成長を見られることはこの上ない幸せです。さらに、授業をどう組んでどう展開しようかとか、学校全体の教務や運営をどう進めようかということも、実はデザインなのです。デザイナーとしても先生としても満足をさせていただいております。

デザイン教育を通してこれからのデザインに一言

ややもするとデザインの技巧を評価したり、作家性を評価する傾向があります。でもデザインの本質は社会における営みであり、生活と無縁なところではまったく無意味であると思います。そういった観点からすると、最近は家庭や社会における生活臭とでもいえるものがだんだん薄れているように思いますし、この生活臭の無いところで育っている若者たちが、生活臭の無い作品(デザインではない)をいくらつくったところで、無意味なものになると思います。

卒業生を雇っていただいた会社の社長さんが、上司やお客に「ためことば」を使うといって苦情をよせられますが、当初は「家庭の問題では・・・」と思っていました。しかしご両親は本人より先に出勤し、祖父母は同居しておらず、近所とも行き来が少なく、コミュニケーションが十分にとれていない家庭が増えている現状では、普通に身に付いていって欲しい会話や敬語など、実はデザインと同じように教育をしなければならないのではと思います。

デザインには、デザイナーの人柄や生き様が表れるとおもうのですが、デザイナーとしての人格教育をする以上、実際に寝たきりのご老人とはどのような生活をしておられ、そのためのユニバーサルなデザインはどうあるべきかなど、どろどろした実生活に根づくデザインということをどうしたら身につけてもらえるか、ということが今後の課題かと思います。けっして、ゲームの中の世界のようなバーチャルなデザインにはならないように。


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