中部デザイン協会 デザインの仕事場におじゃまします

第8回 UGAデザインプランニング 宇賀敏夫氏

インテリア・プロダクトの分野で家具デザイン、特に金属イスを主体に、Gマークを初め数々の賞と実績を持つデザイナーの宇賀敏夫さんを事務所(UGAデザインプランニング)にたずねて話を聞きました。
現在は愛知文教女子短期大学で教授の職にあり、デザイン美術科学科長の宇賀さんは、日本インテリアデザイナー協会の理事を14年間、インテリア学会東海支部長、IFI名古屋(国際インテリアデザイン会議)事務局長と今日までに様々な公職を勤められました。そして、現在も日本インテリアデザイナー協会のJID賞審査員、インテリアプランナー協会顧問として重職をこなしながら、教職と後進の育成に忙しい毎日を送っておられます。

あいちゃん:恒例ですが、そもそもデザイナーになろうと思われたのは何時どんな事がキッカケになったのですか。

宇賀さん:もともとデザイナーになる気持ちはありませんでしたね。確かに子どもの頃は写生大会で賞をもらったり、高校時代は美術部に入っておりましたから物造りに興味はありましたが、デザイナーなろうとは思いもしなかったね。
大学受験(東大)に失敗して浪人をしていた時に、義理の兄にあたる千葉大の大沼先生と言う方と話す機会がありましてね、千葉大学の話をいろいろと聞きましてね、結局、千葉大の木材工芸短期大学に行く事にしたんだ。その時もデザイナーになろうというのではなかったね。そもそも入学そのものが失敗だったね。(笑い)学生時代は普通の学生生活をおくっていたが、ある時学生コンペに参加して入選してしまったんだ。その作品が東京の高島屋に展示された時は嬉しかったね。それを見て大学の先生が『おまえはデザイナーに向いているからデザイナーになれ』と言われてね、この時初めてデザイナーになれるのではないかと感じたのかな。

あいちゃん:もともと素質を充分お持ちだったのですね。

宇賀さん:素質といえば、本邦初公開だけど、僕は中学の時から将棋が強かったんだ。地元では何度も中学代表になったよ。大人と勝負しても結構いいところまでいったよ。今は囲碁の方もかなりな腕前だよ。二段か三段の実力はあると思うね。

あいちゃん:将棋や囲碁は先を読まなければ勝てませんよね。やっぱり先を見る目がお有りだったんですね。ところでデザイナーになれるかもとお感じになった後はどうだったんですか。

宇賀さん:大学の先生から当時躍進中だった、名古屋の東洋プライウッドを紹介されてね、製品の開発を行う技術センターと言うところに入ることになったんだ。そこには高山の工芸試験場の所長をしておられた、cdaの大先輩でもある児島星壱さんがセンター長でおられた。現在も時々連絡をいただいてますがね。
当時の日本は住宅建設が盛んで、合板が大量に必要とされていたんだ。プライウッドと言うのは合板のことですね。東プラの合板は品質がよく、象のブランドマークが付いていると高く売れた時代でした。それには良い接着剤がいりますね。東プラの傍系会社に松栄化学という接着剤メーカーがありましてね、しばらくして児島さんとともにそちらに移って接着剤を生かした成型合板の木工家具を開発することになったんだ。

あいちゃん:そんな宇賀さんがどうして金属イスの世界に入ることになったのですか。

宇賀さん:木工家具の仕事をしている中でいろいろな金属の部品を設計しますね。それがどうも自分に向いているような気がしていたんだ。それで次第に金属に興味を持ちはじめて金属の仕事がしたいという気持ちになってきたんだね。そんな時アイチ(株)にいた先輩から誘いがあってね、それでアイチの開発部に移ることにしたんだ。

あいちゃん:なるほど、それで金属イスと出会ったわけですね。

宇賀さん:アイチでは折り畳みイスを初め、いろいろな商品でGマークを取りましたね。折り畳みイスは大ヒットで、年間200万台ほど生産していましたね。毎日毎日こんな数のイスがどこへ出て行くのか疑問に思っていたよ。その頃ジェトロの関係で産業デザイン振興会のデザイナー試験に合格してね、イタリアへ半年間勉強に行くことになったんだ。この時にいろんなことが体験をさせてもらったよ。自分の疑問にも答えが出たような気がしたね。
帰国後アイチに復帰したんだが、1978年のオイルショックを経験して、物を大量に生産することへの新たな疑問が出てきたんだ。そこで市場を知ろうと思って営業へ移りましてね、営業企画室を設立して本格的な営業展開をはじめわけだよ。

あいちゃん:それがどうして独立することになったんですか。

宇賀さん:僕は開発一筋の人間でしたから、しっかりとした物造りと商品の完成度を重視していました。ところが営業の世界は私にとって良くない意味で衝撃的でしたね。私の知らないところでかなりいい加減な仕事が行われていたんだ。私は名古屋支店長の立場から重役会議で担当重役を前にして名指しで批判したんだ。結構ストレートな性格でね。そんなこんなで会社にいずらくなってね、自分は企業人に向かないと思いキッパリと退社して事務所を構えることにしたんだよ。それが現在に至っているということだね。

あいちゃん:間違ったことが嫌いな性格が現在もデザイン界のご意見番と言われる所以ですね。おしまいに、今後の豊富と後進の若いデザイナーたちに一言有りましたらお願いします。

宇賀さん:抱負としてはこの事務所がいろんなデザイナーが集まるサロンのようになればと思っているよ。それから若手に申し上げたいことは、先を見る事もよいが、後ろをもっと見直して欲しい。先輩たちが育った環境を観察して欲しいね。過去があって現在があるのだから。特に有名になった人の今ではなく、その人が世に出る前の苦労話が参考になると思うな。

あいちゃん:宇賀さんはいろいろな肩書きからは感じられない、大変気さくで、ストレートで、すごく親しみやすい人なんですね。本日は大変興味深いお話を有り難うございました。


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